やばい。
めでたく二十歳になった俺はアスマと共に居酒屋にいた。

「なあ、アスマ。俺、恋しちゃったのかな。」

目の前で飲んでいたアスマはぶふっ、と吹き出した。俺はすかさず避けて難を逃れた。
今だにげほげほとむせている男に呆れつつ、俺は焼き鳥を頬張った。
暗部の副総隊長としてそれなりに順調に日々を送っていた俺だったが、最近、いや、あれを意識してしまった時から、私生活において少しぎくしゃくとしていた。誰にも悟られるようなへまはしていない。当の本人にですら、俺はいつもと同じように接している。
だからこそ、切ない。ずっとその気持ちを隠して隠して、それでもなんだか耐えきれなくて、アスマに相談にのってもらったわけだ。俺って純情で乙女だからなあ。

「カカシ、お前、なに言ってんだ?」

ようやく収まったのか、涙目になったアスマが言った。

「なにって、恋の相談でしょ?」

「相手はイルカだろ?」

俺はがたん、と椅子から立ち上がった。

「なんで知ってんのっ!?」

アスマはげんなりとした顔つきで俺を見上げている。おかしい、俺は態度に出したことなんてなかったはずだ。どこで気付かれた?アスマ、そんなに洞察眼があったっけ?なまじ上忍として存在しているだけはあるってことか、迂闊だったな、俺としたことがっ。
俺は真剣に悩んだ。

「あ〜、あのなあ、あれだけベタベタベタベタベタベタしてりゃあ誰だって変な勘ぐりだってしたくもなるだろう?お前、まじなのか?本当に自覚なしかよ...。」

「まさかっ。だって、大体イルカだってそんな素振りは...。」

まさか、気付いていて素知らぬ振りをしていた?俺のこと、恋愛対象外だって思ってる?
俺はずーんと落ち込んだ。

「お、おい、カカシ、なに勝手に落ち込んでんだよ。たぶんイルカはお前の恋心にゃあ気付いてねえよ。知らねえと思うから言うが、イルカはかなりもてるぞ?」

俺は剣呑とした目でアスマを睨み付けた。

「待て、別に俺が惚れてる訳じゃねえ。お前だって今までイルカが誰かとつき合ってるなんて聞いたことないだろ?」

思えばそうだ。俺もイルカもいい年頃だし、恋の一つ、好きな相手くらいいたっていいはずなのに、まったくそんな素振りは見せない。あれだけ一緒にいるのにその存在が見えないのだ。恋人がいないのはたぶん、確実だろう。

「つまりだ、イルカはそれなりにアプローチされてるがまったく恋愛対象として相手を見ようとしてないんだ。あんだけ一緒にいるお前ですら恋愛対象として見てなかったとすれば、その天然ぶりは余程と見た。俺はてっきりお前らはくっついてるんだと思ってたのになあ。」

「悪かったね。」

まるで今まで俺がその恋情に気付いてなかったのが間抜けだとでも言うような態度に俺はやけになってビールを喉に無理矢理流し込んだ。

「おいおい、無理すんなよ。改めて考えりゃあ、これからが勝負ってことだろ?今のところお前が一番イルカに近い存在だ。カカシ、これからだぞ、ヤケ起こすな?」

アスマの言葉に俺は少し気持ちが浮上した。そうだよな、別にまだ嫌いとも言われたわけじゃなし、うん、そうだよ。今はまだ告白する勇気はないけど、これから少しずつイルカに恋愛対象として見てもらえるように努力していけばいいんだ。ちょっと消極的だけど、初恋だし、大切な人だし、この気持ちは大事に大事に育てていこう。

「おいおい、お前またロマンに酔いしれてんな?」

アスマはため息吐いてビールおかわり、と店員に声をかけたのだった。

 

 

「副総隊長、」

声をかけてきた新入りの暗部に俺は顔も向けずに読んでいた本のページをぱらりとめくった。

「副総隊長。」

何度か呼び掛けられたが完璧に無視してやった。

「...カカシ先輩。」

俺は顔をくるりと新人に向けた。

「なに〜?作戦で解らないことでもあった?」

「いえ、そうじゃないんですが、その本、任務中に読むのやめません?それに副総隊長に向かって軽々しく名前で呼ぶのはちょっと...。」

「何気負ってんのよ。大体歳だってさほど変わんないでしょ。それにこの本は気分転換のための娯楽なんだから別にいいじゃないよ。」

副総隊長、なんて呼び方じじむさくて堅苦しいの好きじゃないんだよね。
新人は困っているようだが、いずれは慣れるって。
俺はまたページをめくった。手に持っていたのはイチャイチャパラダイス。
もう18歳もとうに過ぎたので18禁の場面もばっちり見えている。読んでみればなかなかきわどい内容だったことが解って俺は腹を抱えて笑ったと同時に四代目の鬼畜なお節介にほとほと呆れる思いがした。いたいけな少年にこの内容はあんまりだろうが。

「あ、そう言えば同じ題名、書店で見かけましたよ?」

他の暗部が言い寄ってきた。

「え、うそ、これ同人本なのよ?ちゃんとした書籍になって発刊されてるってこと?」

俺はそいつに詰め寄った。

「さあ、そこまではよく解らないけど、平積みになってたからそれなりに売れてるんじゃないっすか?」

へえ、そうなんだ。今度本屋に行ってみようかな。内容は新しいのかな、それともこの続編とか?そうだ、作者が誰かこれで解るわけだ。なーんか身近な人間のような気がするんだよね。大体出不精の四代目が所持していた同人本だ。少なくとも多少は四代目を知っている人物ではなかろうか。
長年読み続けている本だ。これくらいの推理はもうし尽くした。いやあ、楽しみだこと。
その時、鳥の鳴き声がした。そろそろ任務開始か。
俺は愛読書をしまった。今日の襲撃は新人の暗部の腕を見るための試験みたいなもんだ。今年はうちはの血筋の者もいる。楽しませてくれるといいけど。
俺は時を見計らってゴーサインを出した。その瞬間、周りにいた暗部の新人たちが目標に向かっていく。
そして数分後、目的の人物の首を持ってきたのはうちはの子だった。たしかイタチとか言ったか。

「よ、ご苦労さん。」

俺は首を受け取ると、持っていた耐水性の布に包んだ。これでよし、あとは依頼人に献上するだけだな。
何の感慨もなくてきぱきと始末して、俺はなんとなく視線を上げた。そこにまだ幼さを残す新人の暗部が立っていた。イタチだろう。

「なに?これ好みの顔だった?」

相手は脂ぎった中年の男だったがそう言ってやると、イタチはふい、と顔を逸らした。かわいくないなあ。
俺は側にいた暗部仲間に首を渡して立ち上がった。

「さーて帰るかあ。」

俺は背を向けて走り出した。なーんか、あの子気になるなあ。何考えてるのか解らない。ま、人のこと言えた義理じゃないけどね。
あの年頃は俺も色々と脆い所があったからなあ。オビトが命をかけて守り伝えたものがなければここにこうしていなかったろうし。
暗部にいれば汚い仕事だってなんだってしなければならない。人格形成が中途半端な者にとってはトラウマになってしまう可能性だってある。まあ、俺の場合はその一歩手前で四代目が暗部を俺から遠ざけていたけれど。
そういった気遣いをしてくれる身内、この子の周りにはいるのかね。
俺は後にいる少年を思って小さくため息を吐いた。
うちは一族か。警務部隊を仕切る一族、他の一族と関わりを持つことなく、自分の一族こそ里の誉れと思っている節がある。まあ、確かに写輪眼は瞳術の中でもかなり秀でたものであるし、自分の左目にある目はそれを体感している俺にとってもかなりの影響を与える程の存在感だ。だが、その絶対的な力故に、選民思想的なものがあるような気がする。

「家庭訪問しちゃおうかな。」

「は?なにするんです?」

隣にいた暗部が何を言ってんだ?という雰囲気を醸し出している。

「んー、いいことだよ。」

俺は後ろにいたイタチを振り返って猫なで声で言った。

「イタチ君、明日君のお宅に家庭訪問に行くから親御さんによろしく言っといてね。」

周りの暗部はぎょっとしている。

「ちょっ、カカシ先輩、部下の暗部の家庭訪問て、そんなの聞いたことないですよ!?」

「いいじゃない、俺が創始者になれば済む話しでしょ?」

周りの暗部たちはまただよ、とかついていけねー、とかからかい半分、好きに言っている。俺のこういった暗部たちにとって不可思議な行動はもう慣れたものとなっている。
イタチ本人は俺の言葉に動揺もしてないらしい。戯れ言と思っているようだ。甘いねえ、俺は結構本気で馬鹿やったりするんだよ?
俺はふふふ、と暗部面の下で笑った。